或る三毛猫失踪事件のまき


(長いです)



今朝、あずきが家の外に脱走を図り、父の営業用の車の下に逃げたのです。
ほんの数十センチのところだったので、よっこいしょ、と手を伸ばしたのですが、腕をすり抜け、さらにもう数十センチ先に行ってしまいました。
しょうがねーな、と、3歩ほど場所を移動して、車の下を覗き込むと、もうあずきの姿は、そこにはありませんでした。
その、3歩程度の移動時間、およそ1.5秒。そして車の下を覗き込むまでに2秒はかかっていません。
えええ?!と車周辺を探し、さらにわたしから死角になっていた方向も見渡したのですが、やっぱりあずきの姿は無かったのです。
あららら?とあちこち探しているうちに、父は取引先に向かうため、営業用の車で出かけました。
車が止まっていた跡にも、やはりあずきはいません。
どこいっちゃったんだろ、でもすぐ戻ってくるよね、と我々はたかをくくっていました。
あずきはきなこよりもビビリなので、たまに少々お外に出てしまっても、すぐに逃げるように戻ってくるのです。
しかし、1時間経っても戻ってこない。
これはいよいよまずいかも、と焦り始めた我々は、もしかしたら、と家中を大捜索。
かつて行方不明になったときに潜んでいた納戸の奥まで探したのですが、見つからず。
じゃあ庭だ!いや、裏庭か!と家の周囲をバターになりそうなほど、ぐるぐる回ったのですが見つからず。
それなら近所か!いつも猫集会やってる駐車場かも!とダッシュで走ったのですが、見つからず。
すでに、あずきが行方をくらませて、2時間が経過したとき、父が帰宅しました。そして、あずき大捜索中の、かなり焦りの見えてきた我々にとんでもない情報をもたらしたのです。


「取引先の駐車場に車止めて、荷物下ろしてたら、あずきに似た感じの猫がパーッと走って、倉庫に入ってくのを見たような気がする」


 な 、 な ん だ っ て ー ! !


もしその猫があずきだとしたら、父の車に乗ってしまった、ということが考えられます。
しかし、車のトランクは完全に閉まっていました。しかし、窓は運転席側が開いていたような覚えが…。
ってことは、窓から車の中に乗り込んでしまって、父が車を降りるときに一緒に飛び出して逃げていった…?
とりあえず重要な証言だと判断し、わたしと妹は現場に急行しました。そして、取引先の倉庫付近で従業員の方に聞き込み協力をお願いして、倉庫付近を捜索。
30分ほど、あずきの好きな猫じゃらしとおやつを振り倒して探していたわたしでしたが、そこでふと、疑問が抱かれました。
たしかに、運転席側の窓から車の中に侵入するということは考えられますが、実際に、わたしが車の下に入ってしまったあずきを捕まえるため、3歩ほど移動したのは、運転席側のドア付近だったのです。
つまり、あずきが窓から車の中に入ってしまったなら、わたしはそれを目にしないはずのない位置にいたのです。
そして、従業員の方の話によると、このあたりはとても地域猫が多いらしく、特に倉庫付近は隠れるところが多いため、多くの猫がうろついているスポットなのだそうです。
というわけで、父が見かけたあずき似の猫は、あずきではない疑いが浮上してきました。

わたしと妹は一旦家に戻り、現場検証を試みました。
あずきが消えたところまでを思い出す限り、シュミレーションしてみたのです。
そして、父の車の裏側を丹念に覗き込んでみました。
すると、前輪の間、ちょうどエンジン部分の下に、泥除けのような30センチほどのトレイ型の部品があるのを見つけました。

…まさか、この部分に乗っかって行ってしまった…?

わたしが、あずきから目を離した3秒程度の間に、ここならば、ひょいっと身を潜める可能性は大いにあります。
しかし、まだ6ヶ月弱の猫が、エンジン音や行き交う車にパニックを起こさず、ましてや幹線道路(法定速度は50キロです)を、走行中の車の泥除けにつかまって、2キロ先の取引先のところまで行けるか、ということを考えると、やはり考えにくい。
右折左折で途中で振り落とされたり、音にパニクって飛び降りてしまうことの方が、どう考えても可能性が高いのです。
じわじわと嫌な予感が我々を包みます。
しかしそれでも、と気を取り直し、父が走ったルートを聞き、もう一度同じように母と車で走ってみることにしました。
父が走ったルートは、国道を二本乗り継ぐルートでした。午前中の交通量の多さは、小さい頃から知っています。大型トラックの行き交う、空気のとても悪い道です。
なんだかもう、こっちがパニックになって涙が出てきます。
そして、再び取引先の倉庫に到着。
従業員の方はまだいらっしゃって、ちょこちょこと探してくださっていたようでした。
本当にありがたいことです。
お願いして、もう一度、搬入口辺りを探させてもらいました。段ボールごみのすき間、掃除道具置き場、木製パレットの間などを丁寧に見ました。そして、母が大きな声で、「あずき!」と呼んだ途端、

「にゃん!」

と、声が聞こえました。
空耳かと思い、今度はわたしが「あずき!」と呼ぶと、またも、

「にゃん!」

と、大変元気の良い返事が返ってきたのです。
声の聞こえた方向を必死で探すと、ベニヤ板が何枚か立てかけてある隙間にうずくまって、じっとしている猫を発見しました。
間違いなくあずきです。


よかったよおおおおおおお(号泣)


というわけで、見事発見保護。
全くの無傷で、怯えた様子も無く、今はお腹出して寝てますが、いったいどういう奇跡的なことが起こって無事だったのか、ということを考えると、本当に神様に感謝するとともに、不思議でたまりません。
本当に、泥除けに乗って行ってしまったとしか考えられないんですもの。


あずきったら、もしかしたらとんでもないラッキーにゃんこ?


とにかく。
前回きなこがお外に出て噛まれちゃった事件といい、今回のあずき失踪事件といい、もう本当に本当にやめてよね!!!
絶対絶対ドア開け放さないでよね!!特に母の人!!!!(怒)


でも、本当に無事でよかったよ…。
実は発見してからずっと泣きどおしで、鼻の粘膜がおかしくなってんだよ…(涙)

↑今回の犯人であり被害者。